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【僕の仕出かしと彼女の答え(浮気編)】

1

 

2015年の春に元妻と離婚した。

2014年の春に別居してから、おおよそ1年経っていた。

 

離婚の原因について話せば長くなる。端的に言えば仕事上の問題で僕が僕自身の将来を信じれず不安に苛まれていたことと、元妻との喧嘩などで、さらにそれに拍車がかかっていたことだった。

仕事上で悪い評価を受けた。その結果、退職勧告がいずれ来るであろうというようなことも上司から仄めかされた。僕はそのことによって不安に苛まれ、諸々の原因探しをした。

思えば仕事を始めてから、うまく仕事をできているような感覚というのはあまり持っていなかった。

同期であればうまくやれるのに。後輩であればうまくやれるのに。そんなことがなかなか自分にはうまくできない。

もともとうっすらと持っていたコンプレックスが、仕事上の評価でついに明るみに出た。そのようなことを感じた。

僕は、自分がうまく仕事ができない原因を探し、「発達障害」というワードにたどり着いた。

発達障害アスペルガー症候群ADHDなどに代表される、知能テスト的な意味での頭の良さは普通程度だが、常人が持っているような配慮や言葉の裏の意味を察するような能力が欠けている障害。考えてみれば、思い当たる節が諸々とある。

自分は発達障害なのではあるまいか。

それ故に自分は仕事の評価も低いのではないか。

生まれつきの欠陥ということは、今後もそれが改善されることはないのではあるまいか。

僕は絶望的な気持ちになった。

将来にわたって影響するような重大な問題は、配偶者には共有しておかねばならぬ。

僕は元妻に自分が発達障害なのではないかと告白した。

元妻は答えた。

発達障害という症例について、自分は多少は知っている。人には多かれ少なかれそういう傾向があるから、気に病むものではないと。

僕はそんな優しい回答を返してくれた元妻に感謝し、自分の心配を打ち明けて打ち明けておいてよかったとほっとした。

そしてそこから一週間が経つか経つまいかという頃、僕は妻の些細な地雷を踏んで、こう怒鳴られた。

「これだからアスペは!!」

その時、頭の中が真っ白になったことだけを覚えている。

こう言われたこともあった。

「そんなだからあなたは仕事ができないって言われるのよ!!」

そんなことが繰り返された数ヶ月後の2014年の春、僕は涙が止まらない現象に襲われて、その月のうちに別居を選択した。

 

仕事の成果は目で見える形では上がらなかった。だから、自力で立ち直ることはできなかった。

「俺、仕事ができないからクビになるかもしれない」なんてことを同僚に話せるわけもなく、頼れるような同僚はいなかった。

元妻は前述の様子だ。頼ってしまったら、より酷く傷つく結果しか待っていなかった。

僕は何を支えに立っていればいいのかわからなくなった。

 

別居から一年が過ぎた。

元妻との関係を再構築しようという努力もするにはしたが、時折お互いに激昂して心無い言葉をかけあうことがあり、やり直すことはできないという結論が僕の中で出ていた。

また、僕は仕事面で元妻を見下していた。営業と呼べるのかすら怪しいような、ほんのちょっとした営業の連絡ですら嫌がって愚痴を零すような元妻である。お金を稼ぐ意味で、そんな人間に頼ることなどできなかった。むしろ、そもそもろくに稼げていないこんな僕に対して、足を引っ張る足手まといのような気持ちを感じていた。これも不安の一環だった。

いや、仕事上の問題さえなければ、もしくは将来の不安に打ち勝てる強いメンタルがあれば、時折の喧嘩をしつつでも、あるいは夫婦として続ける未来もあったのかもしれない。しかし、現実問題として、それらの問題は目の前に横たわっており、僕は離婚という選択をした。

 

「精神的に楽になったら、迎えに来てね」

夫婦として暮らした家を引き払う際、元妻はそう言った。

精神的に楽になる時期は来るかもしれないが、夫婦としてやりなおしても、また同じような状況になった際に、また同じようなことになるとしか思えなかった。

激昂していない時であれば、元妻は普通に優しくはあり、普通に相談や会話をすることはできた。だが、元妻を激昂させるスイッチは数年夫婦として共に暮らした後も僕にはよくわからなかった。やり直したとしても、きっとまたどこかで激昂させてしまうのだろう。そしてまた酷く傷つくのだろう。

改めて共に暮らすことを考えると、心の中に嫌悪感が起きるくらいに。

僕は言葉を濁したが、「こういうときはわかったと答えるものだ」といわれ、僕はわかったと答えざるを得なかった。

元妻とはその後もLineなどを通して、たまにやりとりを行なっていたが、よりを戻す気は起きなかった。

 

離婚しても、僕は自分のメンタルを改善できないでいた。

夜になると鬱々とし、死にたいとつぶやいていた。駅のプラットフォームを高速で駆け抜けていく電車の姿は、思わず触れてしまいたくなるような、抗いがたい魅力を持っていた。

夜中のペットショップで無邪気に戯れる仔犬たちは、世界の苦しみなどから隔絶した存在に見え、彼らの方が幸せそうだなと本気で羨み、そんなことを真剣に考えているなんてどうかしてるなと自嘲した。

心療内科にも2つほど通ったが効果はなかった。カウンセラーの反応から、自分が不興を買ってるのではないかと怖くなったり、治療に100万かかると言われて信じる気をなくしたりした。

 

転機が訪れたのは、2015年の夏のころ。知人の女性とやりとりをしたことだった。

近況の交換などだけのはずが、彼女に自分の悩みを打ち明けることになった。誰かに吐き出したかったのだろうと今は思う。

彼女はその不安を受け止めてくれ、僕を肯定した上で、いかにそれが些細な悩みであるのかを客観的な事実を元に説明してくれた。

救われた思いがした。

なお、後で聞いたら、彼女はカウンセラーの資格も持つということで、なるほどと思った。

 

カウンセラーには相性があるという。

僕が苦手さを感じてしまった臨床内科のカウンセラーも、100万かかるクリニックも、他の誰かにはきっと救いであったのだろう。そして、僕にとっての救いは彼女なのだと思った。

彼女とやりとりを続け、僕は精神的にいくらか立ち直った。

どんなことでも話せる相手というのは常に穏やかな気持ちで居られるというありがたい存在であり、困ったときには頼れる存在であり、つまるところ、僕は彼女に愛情を抱いた。

 

僕は彼女と付き合いを始めた。

それからしばらくして、僕が元妻とLineのやりとりを続けていることを知って、彼女は深く悲しんだ。

僕は謝罪をした。どうか許してくれと頼み込んだ。

 

仲直りの条件として彼女は以下を出した。

『元奥様とは金輪際連絡を取らないでね』

『元奥様の思い出の品(写真やSNSの類)は捨てるか、私の目の触れない所にしまってね』

とても妥当な条件である。とても妥当な条件であるが、僕は逡巡した。

元妻とよりを戻そうというような気はまったくなかったが、夫婦として数年間付き合ったことからの情があった。

一度は結婚までしたのだ。全くもって嫌いというわけではなかった。

それに2人ともオタクであったためか、趣味の会話などは非常に楽しかった。

元妻には特有の子供っぽさがあり、そこから来る独特の世界観があって、それはそれで魅力的だった。

夫婦として、彼氏彼女として過ごすのは願い下げだったが、友達としてやりとりするのであれば良い相手だったのだ。

 

逡巡に逡巡の結果、僕は彼女の条件を飲んだ。

元妻に電話をした。

「新しい彼女ができたから、連絡はやめよう」とは僕はいえなかった。

別居からはゆうに1年は経っていたとはいえ、離婚から数えればまだ半年も経ってはいない。それはさすがに腰が軽すぎるんじゃないか? 周りの目も厳しいんじゃないか? そんなつまらないプライドがあった。

新しい彼女の話なんかしたら、元妻が傷つくんじゃないか? そんな心配もあった。

また、僕は自分のわがままを伝えるのは嫌いな人間だった。だってそんなことをしたら、自分が悪者になってしまう。

だからこんなことを言った。

「きみとのやりとりは心に辛いから、もう連絡を取ってくれるな」

元妻の返事がどうだったか今となっては覚えてはいないが、そうして元妻との連絡が途絶えた。

 

2

 

1ヶ月ほど僕と彼女との日々は穏やかだった。彼女が遠方に住んでいるため、頻繁に会うことは叶わなかったが、日々のメッセージやたまの電話で満足できていた。

僕の仕事状況は大きな改善をすることもなかったが、心理的に辛くなっても彼女に相談することができ、死にたいなどと言い出すことはなくなっていった。

まったく、のび太ドラえもんだなって思った。もしくは彼女は救いの女神だなと。

ただ、彼女が仕事などで忙しくメッセージがなかなか帰ってこない時など、時折さみしくなることはあった。

結婚時代に元妻が僕の友人を嫌がったことや、別居時代にあまり人に会うわけにはいかなかったことなどを経て、僕は友人関係がだいぶ希薄になってしまっていた。

ワンルームで人に会わないままに土日を過ごしている時など、時々、虚しくなることもあった。

 

ラインのことを話す。

元妻とのやり取りは、基本的にラインを用いていた。このため別れを告げた時点でアプリは削除した。だが、昨今では仕事や友人からの連絡はラインで行われることが多く、入れるように促されることも多かった。仕方なく入れ直していたが別アカウントを作成しておけばよかった。

 

ある日、ラインに一通のメッセージが来ていた。

PCのやり方について問い合わせる元妻からのメッセージだった。

そのメッセージを見た際に、なぜか許されたような気がした。前回の別れの電話では、僕の都合から一方的に断絶を言い渡したのに、それでも頼ってくれる。そんなことにほっとした。

僕はメッセージに答えたものかどうか逡巡したが、既に既読の通知が返ってしまっていることを認識して、回答せざるを得ないな、と思った。既読である以上、見なかったふりはできない。

前回酷いことを言って別れたのだ。さらに酷いことをするのは、僕の気弱な良心が咎めた。

そもそも元妻をブロック設定にしておけばよかったのだ、とは今になってから思う。もしくは、既読になろうがならまいが、メッセージを無視すればよかったのだ。断絶を告げたのだから、方針を貫き通す責任が僕にはあった。

しかし、僕は元妻へのメッセージを返信した。お互いに多少の自制はあったのだろう。やりとりはは数日おきくらいの間隔で進んだ。

彼女との約束を破った自覚はあった。続けてはいけないやり取りであることも知っていた。だから、非表示設定にしたりアプリを消してやり取りを止めようとした。しかし、自制することができずまた入れ直すという日々が続いた。

  

彼女を裏切ってまで、元妻に返信をする。何をしてるのだろうかと自分で自分がわからなかった。

このことを知ったら、彼女は傷つくだろう。元彼に浮気で振られた経験がトラウマになっているのだと彼女は言っていた。だからそんなことはしてくれるなと。だからあなたのことを信じさせてくれと。

このことを知ったら、彼女は傷つくだろう。そしてその結果、僕は30数年の人生でようやく見つけることができた大切なパートナーを失うことになるだろう。そうしたら僕は後悔しても仕切れないだろう。それだけはどうしても避けなければならなかった。

彼女と元妻とどちらが大切か、客観的によく考えた。客観的に考えて、常に天秤は彼女の方に傾いた。しかしそれでも、元妻に彼女のことを言い出すことはできなかった。

もしかして自分は元妻とよりを戻したいのだろうかと何度か自問をした。しかし答えはいつも変わらず、否だった。元妻とは夫婦時代に些細なことで何度も喧嘩を繰り返してきたし、元妻は頭に血がのぼると正当防衛の名において全力で相手を攻撃する癖があり、夫婦時代はそれに悩まされることが多かった。今後来るであろうライブイベント(例えば家族の死など)の度にも、ライフイベントの苦しみ以上に元妻に苦しむことになるのだろうと想像すると、そんな未来は耐えられなかった。

離れなければならない相手だと認識していた。

ただ、それはそれとして、元妻には情があり、幸せになっては欲しかった。

元妻とうまが合う新しい男性が出てきたらいいのにと思った。元妻曰く、僕は普通の人が説明を受けなくてもわかることや、1聞けば10理解できることが理解できないのだという。ならば、普通の人と付き合えば、彼女も無用な怒りに身をまかせることもなく、幸せであるだろう。

 

メッセージに話を戻せば、元妻が悲しい思いをしそうな回答は心理的抵抗が強くてできなかった。

新しい彼女ができた、と素直に最初に伝えておけばよかったのだ。だが、それを伝えなかったため、伝えるべきタイミングがわからなくなった。

元妻は彼女のことを知ったら、感情を露わにして悲しむだろう。そして、二度とやりとりができなくなるに違いない。

「僕はあなたとやり直すことはできないのだから、新しい相手を探しなよ」

僕はそんな言葉を伝えるのみだった。

 

3

 

いつの頃からだろうか、彼女との将来を、つまりは結婚を意識することが多くなっていた。

ただその度に、自分にはその資格なんてないと打ち消した。

ネガティブな要素は手のひらいっぱいにあった。

仕事ができない男ではダメだろう?

離婚歴のある相手だなんて彼女の経歴の傷になるだろう?

元妻がプレッシャーになっていたとはいえ、不安が原因で妻を切り捨てるような男は、また同じことを繰り返すはずだ。そんな男が新たな妻を設けるだなんてお笑い種だろう?

離婚してまたすぐに再婚するのはいかがなものかと思った。家族や親族や友人達にわざわざ来てもらい、貴重な時間とお金を払ってもらってまで式をあげたりしたのだ。すぐ別れて、すぐ再婚して、なんてことを許してくれる人間がいるとは思えなかった。

しかし、ではどれだけの間を開けたら、再婚が許される適切な期間なのかもわからなかった。

また、結婚するにしたって、職はどうするのか。残念ながら彼女と住居は遠く離れているからどちらかが職を辞めなければ一緒に住むことはできない。しかし、元妻との時のように相手を失職させるなんてことはするわけにはいかないし、自分も失職はできない。週末婚というのはいいアイデアかもしれなかったが、住む場所が離れての結婚の意味を突き詰めて考えるほどに、どこがいいアイデアなのかもわからなくなっていた。

 

ただ、否定意見と同時に、彼女とならばそのような事態も起こらないのではないか?と期待する気持ちもあった。

また、彼女との子供がいてくれたら嬉しいなと強く夢想する自分がいた。元妻との間には子供を儲けたいと思った時期など全くなかったというのに、ここまで強く子供のことを思うのが不思議だった。

元来子供は好きな方ではある。ただ、それまでは自分の子供が欲しいなどと考えたことはなかった。

その背景は自分自身の劣等感なのだろう。

自分は人より劣っているという感があり、それは遺伝子由来のものであると強く認識していた。つまり、もしも我が子が生まれたとしたら、彼または彼女も自分と同様な形質を受け取るはずで、自分と同じような苦しみを人生で味わうはずである。それは幸せなものであるとはとても思えなかった。

だが、彼女と一緒に子供を育むのであれば、そのような未来は回避できるという不思議な確信があった。

彼女の形質を受継げば、彼女と共に暮らすのであれば、きっとどんな時でも明るく強く生きていく子になるのだろう。

それはとても輝かしい未来に思えた。

 

それはそれとして、彼女と結婚するのであれば、先に解決すべきことがあった。

彼女を僕の彼女として、友人・家族の誰にも紹介していなかった。

なぜかといえば、引け目と、面倒を避けたい気持ちと、恐怖からだった。

 

引け目とは何か。

自分が離婚をしたことである。

離婚のことをネガティヴに考えるあまり、式に出てくれた人たちに合わす顔がなく、また会った時になんと言われるのかが怖く、旧知の友人の元には別居以来ほとんど顔を出せないでいた。

元妻を知らない人たちの集まり、例えば職場の飲みくらいには参加もしたが、「奥さんは最近どう?」みたいな質問には、離婚したことなどおくびにも出さず「××で忙しいみたいですねー」と、あたかも夫婦生活が順当に続いているような返事で誤魔化していた。

裏で何かを言われるのが怖かった。

なんでこんなに怖がるのかは自分でもわからない。小学生時代のいじめなども関係しているのかもしれないが、単に生来のものなのかもしれない。

小学生の時に「○○さんのこと好きなんでしょー」みたいなことを囃し立てられて、噂を立てられることや恥ずかしさなどからすごく嫌な気分になったことがあったけれど、それのもっと後ろめたい気持ちと言えば近いだろうか。

離婚を告白できないから、当然、新しい彼女のことを伝えることもできなかった。

 

面倒とは何か。

元妻に彼女のことを知られることである。

友人経由で元妻に彼女のことが伝わった場合、元妻は悲しむだろう。もう連絡を取ることもできなくなるのは嫌だった。

だがそれと同時に、元妻が怒り狂うだろうということも予感できた。

独身時代に元妻との付き合いを辛く感じたことがあり、別れを切り出したことがあった。その際、元妻は僕が出るまで電話のコールを続けた。いつまでも鳴り止まない電話に怖くなり、僕は携帯を枕に押し込んで12時間、夜の東京を彷徨った。だが、帰宅した後も電話はなり続けており、僕はこの後どんなことが起こるのだろうかと恐怖で身がすくみ、電話に出てしまったのだった。

そういえば、要望が通らないのなら死んでやるから、みたいなことを言われて、元妻の要望を通したこともあった。

思えばその頃からずっと、元妻には精神的にコントロールされていたのだと思う。

すでに元妻とは離婚したとはいえ、新しい彼女ができたと伝えたら元妻は怒るだろうと思われた。

僕のところに非難の連絡をするだけならまだしも、どうにか渡りをつけて、彼女に突撃し攻撃することも考えられた。それは避けたかった。

 

恐怖とは何か。

彼女に振られることである。

離婚を打ち明けた数少ない友人に対しては、「元妻とは友達として付き合っている」という説明をしていた。

その時は離婚が平和裡に行われたのだと思わせたい気持ちからでた説明だったが、その後、元妻と裏でやりとりをすることになったため嘘というわけではなくなってしまった。

彼女を友人らに合わせた時、友人はそのことを漏らすかもしれない。

その内容は、彼女の出した条件とは完全に矛盾しているため、僕は嘘つきと罵られ振られてしまうだろうと思われた。

それはどうしても避けなければいけなかった。

 

遠距離恋愛であり彼女が東京に機会が少なかったこともあり、デートの回数もそう多くは取ることができていなかった。僕はそれをいいことに二人きりのデートばかりを繰り返し、彼女を友人に合わせるようなことを避けつづけてしまった。

彼女を日陰者のような扱いにしてしまっているな、という後ろめたさを感じつつも、僕はそのままの状況を良しとしていた。

この行為が、彼女の気持ちに深い影を落としていることに、その時はまだ気づいていなかった。

 

話を結婚について戻す。

2016年も終わりに近づいたころ、僕はせっせと帰郷していた。このころはまだ、結婚については僕の心の中のささやかな夢物語としてしか考えていなかった。

実家にて父がポツリと言った。孫の顔を見ることはできそうなのか、と。老い先短いこともあり、できたら孫を見たいと考えていると。

僕は打たれたような思いがした。

離婚によって両親に面倒を与えてしまった以上、再婚というのは許されないことであるように感じていた。再婚するにしてももっともっと年月を置いてからでないとしてはならないことのように考えていた。

しかし、現実は違い、再婚は望まれていることのようであり、許されていることのようであった。

僕が悩んでいることの大部分は、自分の妄想であったことを知り、僕は気分が一気に軽くなった。

僕は父にこう答えた。

「付き合っている相手はいるよ。自分は一度離婚してしまった人間だから、再婚はそう簡単には決められないけど」

彼女のことを家族にオープンにする気になったのは、ちょうどこの時からだった。

結婚したいという思いが雪崩を打ったように強くなって言ったのは、ここからだった。

 

4

 

話は2015年末に戻る。

LINEの中で、元妻から直接会うことを提案されることが何度かあった。

僕は都合があるからなどと言ってのらりくらりとかわしていた。

直接会えば、よりよろしくない状況になってしまう。だが、嘘をついてまで何度か断るうちに嘘への罪悪感が生まれた。

離婚以来、元妻へは罪悪感ばかり抱いているように思う。例えていうのであれば、拾ってくださいと書かれた段ボールの捨て犬だ。同情して自宅に持ち帰ったものの、家では買えないことが判明して、雨の中、元いた場所に戻した時のような、後ろ髪を引かれる後ろめたい気持ちだ。自分が捨てたために、捨て犬は風邪をひくかもしれないし、車にひかれてしまうこともあるかもしれない。

実際の姿はそんなこともないのだろう。しかし、僕の頭の中では、元妻はサバイバル能力やバイタリティーに少々欠けた、誰かが守ってやらなければうまく生きていくことも難しい小動物のイメージだった。

離婚については致し方ないものだったと、自分の中で整理はできている。しかし、自分の都合であったことも間違いない。僕は自分の都合から、弱い小動物と離婚し、世間の荒波に揉まれさせた。

その罪悪感が元妻の要望を通させた。

 

結局会うことにしてしまった。

あまり覚えていないが、多分2016年の年初か春くらいのことで、プラネタリウムでやっているミュージックビデオを見たいから付き合ってほしいというような話であったような気がする。アーティストはスキマスイッチだったかなんだったか。

元妻と会うことを考えると気持ちが沈んだ。元妻に対しては無責任でいたかったのだ。だが、会ってしまえば責任が重くなる。

 

土曜日、夕方前の池袋。

池袋サンシャインの中程の階のベンチで僕はぐったりしていた。

連日の仕事の疲労からか、体調を崩しやすい時間帯だからか、会うことを自体が気鬱だからか、頭と体が重くてたまらず、動けなくなっていた。

開演の前に寄りたいところがあるため、サンシャインには先についてると元妻はメッセージで言っていたが、この体調では合流する気も起きず、僕はベンチで12時間ぐったりして過ごした。その間何を考えていたかはあまり覚えていないが、なぜかそのタイミングで、母校のサークルの後輩と、よく参加しているオフ会のメンバー間で、勘違いによる誤解からトラブルが発生しかけていたことに気づき、その解消をしたりした。

プラネタリウムの開場時刻となった。僕は自販機でレッドブルを購入して、体調不良を誤魔化し、会場に向かった。

しばらくぶりに再開した元妻は、あまり変わらないように見え、それなりに元気であるようにも見えた。どのような感情を抱いたのかはあまり覚えていないが、プレッシャーは感じなかった。

元妻とあたりさわりのない会話をしてプラネタリウムを鑑賞し、寝るかねないかという状況で鑑賞を終えた。元妻はそんな僕の様子を気遣っていた。

それから少年ジャンプの特設ショップにつきあったが、僕は再び力つき、半分はベンチで過ごしていた。

夕食として、焼肉屋にいくことにした。店に向かう途中で、元妻は僕の腕をとった。カップルがするみたいな腕の組み方で。

僕はそっとその手を離そうとしたが、「嫌じゃない……?」不安げに質問する元妻に嫌とは言えなくなってしまった。

彼女に組まれている腕が、緊張と微かな嫌悪とこれもまた微かな恐怖で強張った。

何かの生き物に腕を捕食されているような感覚があった。

頭が麻痺するかのような感覚がする。彼女への裏切りを思って感情が強張った。

焼肉屋で夕食を一緒にした。アルコールを入れることで疲労感が誤魔化せたため、そこからはそれなりに過ごせたように思う。

元妻が話した内容は、最近はまっている同人活動の話と、職場での人間関係がいかに嫌なものであるのかだった。

職場関係の苦しみについては同情した。

仕事をちゃんと選んで、変なハラスメントも存在しないちゃんとした会社を探したほうがいいのでは、と僕は提案したが、地方で私のような職歴しか持っていない人間にいけるような仕事はほとんどないのだと反論を受けた。また、自分には体力もないため、体力が求められる仕事も選べないのだと言われた。

別居や離婚のせいで落ち着いてスキルを伸ばすようなこともできなかったのだ、というようなことも指摘されたように思う。

人間関係について、改善案をいくつか述べたが、

「父も母もそんなことばかり言うけど、やるのは私で、苦しむのも私なんだから、無責任にそんなことを言わないで」と吐き捨てるように元妻は言い、僕は「ごめん、配慮が足りてなかった」と謝った。

そんな話以外は、まぁ、近況報告や知人の話くらいで話を終えた。

なんと言って別れたのかは覚えていない。

たぶん、「また今度ね」みたいな言葉を言われて、「じゃあ、また」と答えたのだと思う。

 

5

 

元妻と再会したことでタガが外れたように会うようになった、などという危惧した事態は起きなかった。しかし、それでも以降、数度元妻と会うことになった。

元妻と会った回数は正確なところは覚えていないが、池袋で3回、元妻の自宅で1回、上野で1回会ったように思う。

 

 元妻と会うことで自分の気持ちが元妻に傾くということもなかったが、接触を断たねばならないという思いは、自分で実感できる程度には弱くなってしまった。

こんな時に嫌な面を見せてくれたらもう二度と会いたくないと言えるのになという期待はあったが、元妻はいたって普通で、それなりに思いやりのあるやりとりに徹していた。これでは「あなたが悪いからもう会いたくない」とは言えなくなってしまう。会いたくないと言い出すとしたら、「僕が会いたくないから会えない」になってしまう。それでは僕が悪者になってしまう。

ただ、彼女に会ってデートをすると、やはりまた接触を断たねばという思いが強くなり、しばらくは元妻からのやりとりを拒否できたりしていた。

 

彼女と元妻の気持ちが揺れ動いてるわけではない。どちらが大事なのかは問うまでもない。

ただ、元妻を切ることに罪悪感を覚えた。

いや、これは理由としては大嘘で、僕にとって元妻とのメッセージでのやりとりは、関係を切るのを惜しく思わせるほどには楽しかったのだ。彼女とのやりとりだってもちろん楽しかったが、元妻のカリカチュアされた言葉選びのセンスが僕のツボにはまっていて面白かった。

元妻は可愛いもの全般が好きだったが、特にブタのぬいぐるみが好きだった。

結婚する前の付き合っている時期にそのぬいぐるみに出会った。

元妻はそのぬいぐるみに名前を与え、性格を付与し、好きなものや苦手なものを設定した。メールなどでの僕とのやりとりの中で、口癖や口調が作られていき、まるで一個の独立したキャラクターのようだった。

強いて言えば、僕と元妻の子供みたいなものでもあったのかもしれない。お互いに言いたいことを代弁させることができる便利なキャラクターでもあった。

離婚した後のラインのやりとりでも、そのキャラクターを用いた掛け合いは続いた。

離婚前の掛け合いと、離婚後の掛け合いで、そこに差はなかったように思う。

その掛け合いもまた楽しかった。

明日は元妻に彼女のことを話そう、そうしてちゃんとした形で別れよう、だから今日は話さないでおこう。

そんなその場限りの言い訳に終始して、僕は断行する期限をずるずると先延ばしにした。

何もかもを台無しにするリスクを認識しながらも、Lineの通知さえ見られなければ問題ないはずだという思いが、元妻との関係を切る日を伸ばさせた。

 

全くもって気持ち悪い男だな。そう自分で自分を認識した。

昔、ゆびさきミルクティーという漫画があった。

主人公とヒロイン2人の三角関係を描いた漫画だ。

あの漫画の最悪なところは、主人公が片方のヒロインとデートしたりするたびそちらになびき、もう片方のヒロインと会うたびにまたそちらになびきをするところで、僕はその主人公が嫌いだった。しかし、現時点での僕は完全にその主人公みたいだなとも認識していた。

あの最低な主人公が僕だ。

極論すれば、両手に花の状態で、右の花がいいか左の花がいいかなんてことを考えながら、掌の上で女性2人の気持ちを弄んでいる状態だった。

優越感はあったのかもしれない。だがそれよりも、求めてもらえることからの自尊心の満足みたいなものの方が強かったと思う。自分自身に自信がないから、あなたはあなたでいてくれればいいのだと言ってくれる人がいることがありがたかった。

そんなの、1人で満足しておけばいいのに。

 

二股状態を続けるメリット。孤独感が薄らぐこと。自尊心が満足すること。自分のことを、理由なく相手を切るような悪い人間だとだと思わなくて済むこと。

二股状態を続けるデメリット。かけがえのない彼女を失う可能性があること。

この状態はけっして楽しいものではなかったが、その後もそのまま続けてしまったことを考えると、状況を楽しんでいた自分というのもきっと多少はあるのだろう。

唾棄すべきことに。

 

なお、僕の大好きな彼女とて完璧なる聖人君子というわけではなかった。

ほんの時折、怒りっぽくなる日が来る。そんな日は、メッセージの返信が素っ気なくなったり、皮肉めいたことを言われたり、怒りを向けられることがあった。

彼女のことが心配になって電話をかけると、呼び出しコールを切られたりすることもあった。

せめて「今はダメ」と言ってくれれば安心できるのに。

直接確かめたことはなかったものの、生理の時は怒りやすくなると彼女は言っていたから、生理だったのだろうとは思う。

おそらくは、体調が悪いタイミングで、僕が空気が読めなかったり配慮に欠ける受け答えをしたのだろう。だから、彼女がそのような反応をするのは仕方のないことで、彼女が悪いとは思ってはいなかった。

彼女が悪いとは思っていなかったものの、辛く感じるかどうかはまた別だった。

また、彼女が指摘する内容が、夫婦時代に元妻の指摘していた内容と同じだったことも気にかかっていた。

僕についての指摘なのだから、それが彼女からであろうと、元妻からであろうと、似たものになるのは当たり前の話なのだが、そんな指摘がされる自分はやはり相手を思いやることができない欠けた人間であり、彼女と一緒にやっていったとしても、元妻と離婚したのと同様な未来が待っているだけなのではないかという意識が強くなった。

(こういうのを何度か繰り返した結果、彼女ともそのうち、きっと別れちゃうんだろうな。。。)

彼女が怒って電話もメッセージも通じなくなってしまったような時、僕はそんなことを思った。

そして、そんな不安な気持ちのままで夜を過ごすことができず、現実逃避からついつい元妻へLineメッセージを送ってしまうことがあった。

喧嘩が絶えなかった夫婦時代とは打って変わって、元妻からの返信で怒りの回答が来ることはなかった。

僕はそこに安心を見出してしまっていた。

 

元妻と2回目と3回目に会ったのも池袋だった。どちらもアニメイトに行き、プラネタリウムを見、少年ジャンプのグッズ店にいってご飯を食べたように思う。

僕は元妻とは物理的に距離を置いて接したかったが、元妻は僕と手を組みたがった。

結果拒否できず、何度かはカップルのように腕を組んでしまう羽目になった。

異性との肉体接触に喜びがなかったとは言わない。けれど同時に嫌悪感と、彼女への裏切りだという罪悪感が僕の頭をストレスで多い、思考を真っ白にさせた。

腕を組むのはさせるべきではなかった。

2回目と3回目のどちらか忘れたが、その時の用件は、ややこしい構成になっているPCを簡単にバックアップするにはどうしたらいいのか教えて欲しい、という用件で会ったような気がする。

池袋で元妻と会った。適当な店で食事をしたところでバックアップの要件をヒアリングする予定だったが、体調を崩したのか体が重くなり、びっくりどんきーで食事を食べ終わったところでギブアップして20分ほど机に突っ伏して仮眠をとった。その間、元妻はスマホを触りながら待っていた。

「そんなに体調崩しやすかったっけ?」と元妻は聞いた。

「疲労しやすくなってる気はする。血糖値コントロールもうまくいってないみたいで、たくさん食べすぎると頭が痛くてたまらなくなる」

それだけなのか、僕にもよくわからなかった。元妻に会いたくないという気持ちがそうさせるのだろうという気もした。

別居時代に荷物の受け渡しのため元妻に会わなければならないことがあったが、僕は元妻への恐怖や嫌悪感から会わずに逃げ出したことがあった。その感覚に似ている気もした。

元妻は悲痛そうな顔をした。

多少体が回復したので、ぐったりしつつも、PC構成を検討した。ヤマダ電機で必要な道具を買った。そして、見たいと言っていたプラネタリウムを鑑賞し、ジンギスカンを食べた。

どのような会話をしたのかはあまり詳しく覚えていないが、その日も、いい男性がいたらその人とくっつきなよ、という話をした。

元妻は再度、自分の旦那は僕だというようなことを言ったが、

「それは難しい」と、僕は答えた。僕は言い淀みつつも、自分が離婚した理由の1つに家計を支えられるかが不安であったこと。家計を支える上で、元妻のことを頼りになるとは感じれなかったこと。むしろ僕をネガティヴな方向に引っ張るようにすら感じてることを伝えた。

「だから」と、僕は傷が浅くなるような言葉を選んだ。「あなたを幸せにすることもできないから、一緒にやって行くのは難しいって思ってる」と僕は言った。

元妻の瞳は潤んでいた。

私の幸せを勝手に判断して決めないでよ、というようなことを元妻は言った。私が幸せだと言ったら幸せなんだし、それを僕が判断しないでよと。

また、わたしの仕事がうまくいってないようなときに、仕事の能力を否定するようなことを言わないでよと元妻は言った。

嫌なことを思い出したようで、元妻は語った。元妻が私学高校の教諭であった頃、理事長からクビを暗喩されることもあったらしい。

そんなことがあったのかと僕は驚いた。クビになりそうになって悩んだことがあるのは知らなかった。

また、それと同時に、僕と同じような境遇に陥ったこともあったのに、なぜクビになるかと悩んでいた時期の僕に「なんでXXするの!? そんな風だからあなたは仕事ができないって言われるのよ!!」という言葉を投げかけることが出来たのだろうかとも不思議に思った。

存外、あの頃の僕は、平気にしているように見えたのだろうか。

僕は元妻を傷つけたことを謝った。しかし、内心では、伝えた内容は僕の中では変わらない真実なのだよなと思った。

だいたいそんな感じで、2回目か3回目かの再会は終わった。

 

6

 

元妻に彼女のことを告白できないのであれば、逆に彼女に元妻のことを告白できなかったのか?

できるできないではなく、するわけにはいかなかった。振られてしまうだろうと思っていたからだった。

彼女は僕にとって得難い人だった。

たぶんこれだけの人にめぐり合うことはないだろうとそう思えるほどに、魅力的で、賢く、タフで、まっすぐだった。そして僕を愛してくれていた。

彼女は運転好きで、長距離移動の必要が発生するたびに、夜間の高速道路を何百キロも走行することが多々あったが、その度に何か事故に巻き込まれたらどうしようかと不安に苛まれた。また、職場に彼女に言い寄る男がいたりするんじゃないかと心配になり、彼女からもたらされる職場男性の話にピリピリと神経を尖らせた。

少し年下だけど、仕事ができるため彼女よりも地位が高い男性がいるらしい。そちらのことを好きになってしまったりしないだろうか。

酷いパワハラ(セクハラも?)する上司がいるらしい。言い寄られて拒めないなどはないだろうか。

職場に2年目の若い男性がいるらしい。年下と火遊びをしてしまうことはないだろうか。etc etc

たまに夜音信不通になっていることがあるけれど、誰か他の男と遊んでるんじゃないだろうか。

疑心暗鬼は常にあった。

会いたくても会えないことに悶々としていたのかもしれない。

彼女と結婚できたら、この不安も解消するのではなかろうか。

結婚を意識するようになった理由の1つにはこの不安もかなり大きかった。ひどい話だが、彼女の自由を結婚によって縛ってしまいたかったのだ。

 

そういえば、元妻と性的接触をしたいという欲求はなくはなかったが、ネット上のやりとりより上の関係は望んでいなかった。

元妻とそのような関係になるという想像をしなくもなかったが、後々面倒だろうなという予感があった。

また、そもそも元妻には無責任でいたかったのだ。いまさら子供ができたのなんだのという話をされても困る。それは絶望に囲われるようなものだった。

また、さらにそもそもの話をしてしまえば、性的な方面は現在の彼女とで十分以上に満足していたため、欲望を抱く必要すらなかった。

そちらの面でも、彼女はえ難かった。

 

2016年秋、仕事を辞めて実家に戻ることに決めた。

それはなんともしようがない家庭の都合もあったし、仕事の限界を感じたからでもあった。

東京を離れる以上、付き合いのあった人たちには報告をしなければならないと思った。

一番挨拶しなければならないのは、僕と元妻の共通の知人だった。つまりは行きつけだったバーやイタリアンだ。

元妻のことをさして知らない友人たちはさておき、共通の知人に対しては別居以来申し訳ない気持ちが強く、店に顔を出すことができていなかった。

この日を逃したらもう機会はないかもしれないと感じたある金曜日、僕は店に顔を出そう決意して駅に向かい、思わず引き返して、また進んで、また引き返してを数度繰り返した。

後ろめたい。

けして楽ではないだろう飲食店経営の資金の中からご祝儀も頂いたのに、その後の別居だなんだの中で店に寄り付くこともなくなり、もう3年は顔を出してはいなかった。

今更顔を出して、彼らはなんと思うだろうか。

どんな顔をして会えばいいのかわからなかったが、グダグダ考えるのはやめて、呼吸を止めて店に向かった。

 

案ずるよりも生むが易しで、マスター達は「そんなこともあるよ」と言ってくれた。

そもそもバツイチだったり、離婚協議中だったりする人たちだったので、責められることを心配しなくてもよかったのだろうが、心の中の重荷がこれでまた1つ軽くなった。

3軒の飲食店ではしご懺悔をしたため、アルコールを飲みすぎた。僕は帰宅してすぐに酔いつぶれ、あっという間に寝てしまった。

 

7

 

「故郷に戻るのなら、その前に古いPCのデータ移行と消去をお願いできないかな」

そんなような依頼を受けて、工具やらハードディスクやらを持って、元妻の自宅に行った。

あれはたぶん、2016年の10月ごろだったかと思う。

 

古いPC二台のデータを新しいPCに移す。

古いPCのハードディスクを取り出して、新PCに直繋ぎするだけでなんとかなるかと思ったが、そうすんなりとはいかず、昼少し前から始めた作業は夕方まで続いた。

ひととおりのデータ移行は終えたが、古いHDD中の動画データの移行や、古いPCの消去は未だだった。

残りは今度来た時に対応するよ、そう約束して僕は古いHDDをカバンに詰めた。

 

作業の礼に夕食をおごるということだったので、ありがたくいただいた。飲み屋で適当なつまみとご飯を食べつつ、オタクな話を色々とした。

ここで楽しくなってしまったことは大いに反省すべき点だった。雰囲気に流された、というのはいいわけだが、そんな感じだった。

テーブルの下、足で何度か元妻の足に触れてしまった。

友達同士というには少し親しすぎるほど、恋人同士というには程遠く。

お酒は断っていた記憶があるが、酔っていた。

 

帰宅の電車までまだ時間があった。

どちらから言いだしたか覚えてはいないが、他に時間を潰すものもなかったので、その間カラオケで時間を潰すことにした。

やめておけばよかったのに。

 

言い訳をしておく。

カラオケでは歌さえ歌えればよかった。多少長く話ができればいいかなくらいの気持ちがあったのは認めるが、それ以上の気持ちは誓ってなかった。

 

数曲歌ったところで、元妻は何か真面目な話を始めた。会話の内容は覚えてないが、いつか迎えにきて欲しいみたいな話であったような気がする。

そして、僕はそれは難しいよみたいなことを言ったような気がする。

元妻はその答えで顔を歪めたが、それを堪えて両手を広げた。抱っこしてくれ、というポーズ。

僕は動きを止めていたが、元妻は顔をさらに歪ませた。

このままだと泣くな、ということが頭をよぎった。悲しませたくないのが半分、面倒なことにしたくないのが半分で、僕はそのハグを受け入れた。

仲直り程度のハグ。

泣いている子供がいたから、仕方なく優しくしてあげるというような同情のハグ。

そのままキスをされた。

正直に告白する。僕は今日この時まで元妻の心境を誤解していたところがあった。僕はあくまで友人としての立場で接しているつもりであったし、元妻も「待ってるから」というようなことを言っていたもののそれはあくまで建前のようなものだと考えていた。

元夫婦だからお互いのことはそれなりに心配もするし、遠慮するのも今更なことが多いため深い話も可能ではあった。しかし、あくまで友達としての付き合いとして考えていた。

ハグについても、友達としてのラインはギリギリセーフかなと思っていたが、そんな甘々の自己ラインに照らし合わせてもキスはアウトだった。

自分は浮気をしてしまった。

彼女を裏切ってしまった。

取り返しのつかないことをしてしまった。

そんな後悔が頭の中を支配した。

 

まずいな、

まずいな、

まずいな、

どうしよう、

どうしよう、

どうしよう、

 

元妻とおしゃべりを続けながらも、脳内ではそんなことばかり考えていた。

頭は半分真っ白だった。

 

今、キスのことを取り消したら元妻は怒るだろうか。元妻は怒ると何をするか予測がつかないところがあり、目の前で怒らせるのは怖かった。

明日からしばらく時間をおいて、元妻が目の前にいない状態になってから、メールか電話で取り消した方が楽なんじゃないだろうか。

そんな打算が頭をよぎった。

今思えばこれは良くないことだった。

子供の頃からとかく問題解決を先延ばしにしがちだった。小学生時の夏休みの宿題は、やらないままにして先生が諦めるまで「忘れました」を繰り返すことが多かった。その悪癖がここでも出た。

小狡い考えが頭に浮かんだ。

元妻には電話で説明してもいい、メールで説明してもいい、もしくはあと数ヶ月すれば東京ともおさらばだから、元妻とは物理的に距離も開く。それまで待ってフェードアウトでも良い。

離れて仕舞えばなんとでもなる。

 

電車の来る時間になった。じゃあ行くね、といいながら、僕は緊張に包まれた。

元妻から無言の期待がかけられるような気がした。そう思えたのは、元妻を後で裏切ろうと考え続けていた後ろめたさからだっただろうか。

一回も二回も変わらない。そんな言い訳が自分に対してされた。その場だけを誤魔化すためだと自分で自分に言い訳した。

僕は別れの挨拶とともに軽くキスをして離れた。

 

帰りの電車では、後悔が頭を巡っていた。

どうしたらいい?

選択肢は2つだった。元妻に彼女のことをカミングアウトするか。東京を離れるのに合わせてフェードアウトするか。

どちらが無難なのかを決めかねていた。

 

帰宅して数日、持ち帰った古いHDDについては、小型の外付けHDDにでも移行して、今度元妻の家に行く際に設置する約束だったが、もう元妻の家に近づくわけにはいかないと思った。もう近づけない。

だから、安い外付けハードディスクのケースを取り付け、素人でもなんとかなる程度の設定を行って彼女の家に送り返した。

忙しくて対応できないので、あとはもう1人でやってねとメッセージを送り、後のサポートはなかったことにした。

 

元妻の家に行って以来、元妻とは距離を置こうと思った。

もう会わないようにしよう。東京を離れるのに合わせてフェードアウトしよう。

そんな思いから、転勤日はすでに決まっていたにもかかわらず、まだ決まっていないふりを続けた。

直前で急に転勤日程が決まったことにして、もう会えないのも仕方ないねとメッセージでやりとりして別れる。そういう致し方のない(そして楽な)落とし所に持っていきたいという小賢しい計算もあった。

以降、元妻と直接会うことは避けた。元妻から連絡があったとしても用事があることにして断り、Lineでのメッセージのやり取りだけに終始した。

元妻からのメッセージやそこから受ける態度は特に変わったようなところは見受けられなかった。またすぐ会おうと言ってくることもなかったし、愛してるというようなメッセージを送ってくることもなかった。

僕も一定距離を置くことに決めていたから、それまでと同じくらいの内容を来たら返すということをしていた。

 

年末にさしかかろうかという頃、元妻から来たメッセージでこんなのがあった。

即売会で東京に行く用事があるので大変だから、というような内容。

そのメッセージの中には数段落くらいの内容が書かれていて、最後の段落には単なる呟きのように、強行軍になるから僕の家に泊めてくれたら楽になるんだけどな、ということが書かれていた。

婉曲な婉曲な宿泊の依頼。

僕はその依頼には気づかなかったことにして、最初の方の段落にだけ回答のメッセージを送った。

元妻を泊めればSEXはできるだろう。元妻はSEXが好きな人間ではないから彼女から誘うこともないだろうが、こちらから動けば拒むまい。

僕も男であったから、性的なことへの誘惑はもちろんあったが、だがそれよりも、これ以上彼女を裏切ってはいけないと思った。

男だからこそこう考えるのだろうが、SEXをしたら浮気だ。泊めるのももちろん浮気だ。

元妻からは改めてメッセージがきた。

「泊めてくれないの?」

「もう夫婦じゃないんだから、泊めるのはダメだよ」と僕は答えた。

元妻からはそれ以上その話が来ることはなかった。

 

8

  

少し時期が前後する。

彼女に結婚の話をするようになったのはいつ頃からだったか。半分冗談で、子供ができたらどう育てようかという話をすることは多かったし、そんな話の延長線上で、結婚の話をすることも多かった。

どんなところに住もうか。

どんな家事分担にしようか。

エトセトラエトセトラ。

ただ、真面目に結婚の話を考え始めたのは、孫を見たいなと父が呟いたあたりからだったろうと思う。それまでそれは僕が望んではいけないもののような感覚に囚われていたが、望んでもいい夢なのだと気づいた。

とはいえ、住居や職や式の仕方など解決しなければいけない問題はたくさんあった。それらの解決方針を用意してからでなければ彼女に失礼だし、求婚はできないと考えていたが、だんだんと大きくなる欲求に、理性の方が屈した。

結婚の約束をしよう。そして、それから一緒に諸問題の解決方法を考えよう。そんな考え方に変わっていった。

結婚しよう。時には冗談で、時には本気で、彼女に伝えた。

告白は主にはメールで、次には電話で、次にはデートしてる時に行われたが、セックスしてる時にだけは言わなかったのは真剣に考えていたからだろう。感じているときの彼女は、なんでもいうことを聞いてくれる状態になってしまうが、その時に約束を取り付けても言葉責めの一環にしかならない。

告白については、彼女は冗談として「やだー」などと返していたが、意識はしてくれたらしく、今後付き合って行く上で懸念となりそうな持病について告白をしてくれた。

彼女がそのことを気にしていることが態度から明白だったから、軽く扱ってはいけない話題だなと強く認識した。

 

年末、自分の居場所作りのために実家を大掃除した。粗大ゴミを捨て、子供の頃の成績ノートを捨て、倉庫に結婚式の遺留品が放置されていたのでそれも捨てた。

その際に妹から式の引き出物を渡された。自分じゃ処分できないから、兄の方でどうにかしてよと。

それは小さなぬいぐるみだった。元妻の好きなぬいぐるみ。個人的にも愛着のあるものだったこと、また、妹の目の前で目の敵のように捨てるのも大人げないかという気もして、そのままコートのポケットにしまった。ぬいぐるみのことは東京に戻るまで忘れていた。

東京に戻って、コートのポケットに何か膨らみがあるのに気づき、それがぬいぐるみであることに気づいた。

数日後には彼女が家に遊びに来る。ぬいぐるみのことは彼女にも話したことがあったので、これが彼女の目に入ったら怒らせてしまうかもしれない。

とにかく隠さなきゃと思って、物入れの棚の最上段にしまった。

化粧品やタオルやらがしまわれている棚ならさておき、PC用品ばかり入れていた棚だったから、よもや彼女がこの棚を引き出すことはあるまいと思った。

そのよもやが起こった。

 

休暇を取って僕の家に泊まりに来ていた彼女は、僕の仕事中にぬいぐるみに気づいたらしい。

その夜の、風呂に入るか入らないかのタイミング。中途半端に衣類を脱いだ状態の僕に、彼女は質問をした。

質問は2つ。

1.元妻と僕とが共同で執筆していたブログを見つけてしまったが、あれを削除することはできないのか。

2.元妻ゆかりのぬいぐるみが家にあったけど、元妻と会ってるのかと。

ブログについては消せなかった。アカウントを持っているのは元妻であり、連絡をしない限りは消せない。表向き、僕は元妻と連絡を取っていないので依頼をすることはできなかった。

実質は、の話で言えば、僕は元妻と連絡を取っていたので依頼をすることだけは可能だった。だが、どんな依頼の仕方をすればブログを削除できるのか思いつかなかった。彼女がいることを正直に話せば、元妻は怒るのだろう。そして嫌がらせの意味でブログを残すだろう。ブログを消してくれるようなうまい依頼の方法が思いつかなかった。

後の手段はハッキングぐらいだが、夫婦時代に僕がしつこく言っていたせいかブログのセキュリティーは高く、元妻から過去に連携されたパスワードくらいでは忍び込むことなどできなかった。

そしてぬいぐるみから派生した質問「元妻に会っているのか」については、僕は否定した。実際、ぬいぐるみは元妻からもらったものではなく、実家からうっかり持ってきてしまったものだったから出自について嘘はなかった。

実際に彼女から貰っていたのなら、話は別だったのかもしれない。なまじ出自に嘘がなかった分、僕はどこまでもしらを切った。

「怒らないから本当のことを話してね」と彼女は言ったが、認めるわけにはいかなかった。

彼女との約束を破り、彼女を裏切っているのは間違いなかったから、元妻にあっていることを認めてしまえば、そこで僕は振られてしまうのは間違いなかった。

彼女に振られるわけにはいかなかった。

せっかく見つけた人生で最も大切なパートナーを失いたくはなかった。

だが彼女の気を害すとわかっていたにもぬいぐるみを関わらず持ち帰ってきてしまったこと。処分していなかったことは我ながら酷い行為だった。

あそこまで動揺して悲しむ彼女を見たのはその日が初めてだった。

こんな悲痛な彼女はもう2度と見たくない。

僕は諸々を謝り、ベッドの上で頭を下げた。最近彼女が喜ぶことをあまりできてなかったこともあり、これまで以上に尽くすと約束した。

「そんな情けない格好で謝られても困る」そう彼女は苦笑した。

そういえば、パンツしか身につけていなかった。

その場を覆っていた緊張がほぐれた。僕と彼女はそれからのことについていくつかの取り決めを行い、その上でなし崩しにキスと抱擁とセックスにもつれ込んだ。

相手に愛を伝える方法は世に色々あるが、彼女はとりわけセックスを重要視していた。だから抱いてしまえばなんとでもなるさ、なんて考えがなかったとは言わない。

何度か体位をかえて、何度かの絶頂を迎えた後、彼女は渋々ながらも許してくれた。

僕はその日から、プレゼントをしたり、デートの提案をしたりするのをこれまで以上に心がけるようにした。

 

9

 

東京を去る際に、最後に元妻に会うべきかどうか迷った。そこで別れの挨拶をするべきか迷った。

礼儀としては挨拶をした方がいい。しかし、絶交を伝えようとしている相手に対して筋を通そうとするのは滑稽でもあった。

残り2週間となろうとした頃を見計らって、僕は元妻に連絡をした。

転勤の辞令が出たから東京からいなくなるよと。

期間がなさすぎて予定の調整はできやすまい。そう思ってのことだったが、元妻は最後に会うことを提案した。

僕はそれを受けるか迷ったが、儀礼としては挨拶しておいたほうが良いのと、彼女のことを説明する最後の機会だと思い、夕方少し前の上野で元妻と会った。

折しも僕は風邪を引いていて、鼻水と咳からマスク着用だったが、おかげで妻と距離を取れて都合が良かった。昨年キスをしてしまったことへの後ろめたさがあったから、元妻に近寄らない理由があることは僕にはありがたかったのだ。

中華料理屋で故郷に戻ったあとのことなどを話した。あとは多少のショップ巡りに付き合った。その間、たわいの無い会話しか記憶していない。

別れ際の電車で、別れの挨拶をした。

「これが最後という感じがしないね。また会いそうだよね」と元妻は言った。

僕は首を振った。

「ううん。距離が離れるわけだし、会うのは難しいんじゃないかな」

彼女がいるからね、という言葉が喉の奥まで出かかった。しかし、どうせもう二度と会うことはないのだから、そこまで言って追い詰めなくてもいいんじゃないかなという思いがそれを阻んだ。

意気地なし。

代わりに「ごめん。キスしちゃったのは間違いだった。雰囲気に流されちゃったけど、いけないことだった」と告げた。「もう会う機会もなくなるんだし、いい人いたら誰か他の人にいきなよ。僕も他の人に行くからさ」

元妻が泣きそうな顔をしたのは覚えている。ただ、どんな返事をしたのかは覚えていない。

 

 

「東京を離れる前に、ずっと気にかかってることがあった」と、彼女は言った。

荷造りもほとんど終わっていて、あとは引越しを待つばかり。そんな時期だった。

気になっていたこととは、僕の友達などに誰にも彼女を紹介していないことだった。

僕もそれは前々から認識していて、彼女に申し訳なさを感じていた。

友人には、まだ離婚も告げれていない、その上で新しい彼女を連れていったらなんと思われるのだろうかと思っていた。

また、離婚を告白した友人には、元妻とは今は友人に戻りましたと説明していたため、うっかりそんな話をされて彼女を怒らせるのも避けたかった。

だが、ずっと誰にも紹介しないというのはやはり不自然な話で、彼女には見抜かれていた。

彼女を不安に思わせるのも本意ではないし、東京を離れる今がいい機会かと思い、僕は彼女の存在を公言してしまうことにした。

彼女が帰宅した後に、mixiにご報告として日記を書いた。

離職したこと、転勤すること、離婚したこと(とはいえ元妻とは友達として関係を続けていること)

なお、mixiでは、元妻が友人設定のままになっていた。

だから僕は、卑怯なことにその日記をアップする前に、元妻の友人設定を解除した。

元妻は僕以上に人にどう見られるかを気にする性格だったから、離婚を公開したら面倒なことになる。背景理由としてそんな気持ちがあった。同時に、もう元妻とは続けないからいいやと思ったこともあり、そもそも元妻はmixiにログインしてないのだから影響なかろうと思ったこともあった。

 

再び彼女がうちに来た時、mixiの日記を見てみたいと言った。

僕はそれを了承し、該当のページを開いた際に「元妻とは友達の関係を続けていること」という一文が目に入った。これを彼女の目に入れるのはまずい。

僕はその場でその行だけを削除し、彼女にページを見せた。

彼女は一通り日記を読み、彼女がいることも追記してと言った。

「あとプロポーズしたこともね」

僕は彼女の顔を見て、

「書いちゃってもいいの?」

彼女は頷いた。

これだけ卑怯な真似をしておいたのに奇怪な話だが、彼女が結婚について肯定的に答えてくれたことが僕は嬉しかった。

 

翌日、彼女からメッセージがきた。mixiのアカウントを作ってみたいという話だった。

僕は念のため自分の日記を一通り確認した。mixiについては彼女との約束もあり、遠い昔に元妻に関連するような記載は一通り消していたのだが、何か残っていたらまずいなと思ったのだ。

一通り確認し終わって、彼女をmixiに招待した。

小一時間ほどしただろうか。彼女からmixiを見るのが辛いというメッセージがきた。

僕が元妻と夫婦だった頃の幸せなことばかり書いてある。そう彼女は言った。

私との記載はどこにもない。そう彼女は言った。

メッセージは悲痛な雰囲気に満ちていた。

元妻とのことなんてどこにも書いてないはずなのにな、と僕は首をひねったが、他の人とのやりとりを元妻とのものと感じたのかもしれない。

mixiを消して欲しい」と彼女は言った。

僕は一度躊躇ったが、再度彼女が依頼したのを受けて、mixiを退会した。

彼女が苦しいのであれば、それは尊重すべきだと思った。退会に特に後悔はなかった。

自分は意外と大したことないものに囚われていたんだなという実感と、すっきりした感覚があった。

 

せっかく離婚や新しい彼女やプロポーズのことを書いたのに、それがどこにも無くなっちゃったね、と彼女は言った。

代わりにツイッターにもあげて欲しいと言われ、僕は了承した。

彼女とのことをオープンにするのだから、元妻とははっきり連絡を断たなくてはならない。

彼女が帰った翌日、元妻に電話で別れの連絡をした。

すでに付き合って長いのだ、と告げるのは長い間黙っていたのかと責められる気がして、ここ最近出来た彼女のようなことを説明した。彼女によろしくないので、もう元妻とのやりとりはできないと伝えた。

元妻は落ち着いて話を聞いているようにみえた。

「わたしのためを思って電話してるようなことをあなたはいうけど、これはあくまであなたが自分のためにやってることで、私のことなんて何も考えれてないよね」そんなような嫌味を言われたりはしたが。

それから、

「少し待って欲しい。やりとりを断ちたいのか、断ちたくないのか、自分の中で整理がつかない」

そんなことを元妻は言い、僕は了解した。

やりとりをしたくないという結論になったのならもう連絡はこないだろうし、やはりやりとりはしたいという結論になったのであれば、元妻の気持ちを解消するためにもその話を聞き、その上で改めて、「彼女のためにもやりとりはしない」と改めて告げるのがいいだろう、そう思った。

そうして電話を終えた。

長い間躊躇してきたことがようやく終わり、気分が軽くなった。

やはり嘘をついていたことは重荷だったらしい。その後は彼女のことをこれまで以上に好きに思い、どんなことをしたら喜んでくれるかなともろもろ考えた。

 

10

 

故郷に戻ってしばらく経った土日、彼女と一泊二日のデートをする予定だった。

彼女とデートをした後、実家に寄ってもらって両親に紹介する予定だった。

職やら住む場所やら解決すべき問題が多々あったから、婚約者として紹介するのは時期尚早な気はしていた。しかし父母に紹介はしておきたく、ちょっと遊びに来てもらったくらいの感じで紹介する予定だった。

 

1日目、彼女に会いに行く電車の中で魔がさした。ふと元妻のことを思い出したのだ。

元妻に別れの電話をしてから二週間ほど、僕は元妻との連絡を絶っていた。

mixiは退会したし、facebookやらのSNSも軒並み退会した。LINEも元妻のアカウントをブロックの上、アプリごとアンインストールしていた。

唯一Twitterだけは残していたが、元妻のアカウントとは交流を避けた方が良かろうという思いから、ブロック設定をかけていた。

ただ、ふとブロック設定まではちょっとやりすぎたかなと思ったのだ。

別れの電話にて、あれだけおのれ可愛さのわがままな振る舞いをしたというのに、自分はそこそこ良い人間だったという印象を元妻に残しておきたかったらしい。

僕はブロック設定を解除して、ブロックまではやりすぎたと思うから解除した旨と、何か問題が起きた時だけは連絡してもいいよという旨のメールを元妻に送った。

言い訳をしておく。彼女に隠れて再びせっせと元妻とやりとりをするようなつもりは毛頭なかった。彼女がいると公言した以上、そんなことはするべきではないし、元妻だってそんなことは望まないだろうと考えていた。ただチャネルを一方的に閉じるのは悪いことであるように感じていた。

 

彼女と合流して、昼食を食べた。

ちょうどバレンタインに差し掛かった頃だったので、お揃いのバッグチャームを彼女からもらった。

パスケースが付けられるリール付きバッグチャーム。

彼女は自分用に同じものを用意していた。

「あとはこれにつけるパスケースが欲しい」と彼女はいった。

 

彼女の運転する車で、アウトレットに行った。

新しいパスケースを探して、何店か巡った。パスケースの代わりにギミック心に溢れる格好いい名刺入れを見つけた。彼女の心にいたく刺さったようだったので、僕はそれを購入した。

次はパスケースだった。

ブランド品でなかなか求める形のパスケースが見つからず、アウトレットの中をせっせと歩き回った。彼女は紐が付けれるパスケースを求めているらしい。

「これの代わりが欲しいんだけどね」

彼女が差し出した年季の入ったパスケースを受け取った。物持ちが良くてまだまだ使えそうな感じだったので、僕は何気無く「これって紐付けれる部分ないの?」と言いながらパスケースを開いた。

写真が入っていた。

彼女が誰か他の男性と映っていた。

見てはならないものを見た気配がした。

思わずパスケースを閉じたのは僕だったか、彼女だったか。

彼女はパスケースを取り返し、何事もなかったかのように買い物を続けた。僕も何事もなかったかのように買い物を続けた。良さそうなパスケースを見つけて、購入の列に並びながらも、頭の中は、あの男性が誰だったのかばかり考えていた。

心当たりはあった。

彼女は昔婚約者がいたらしい。ただ、残念ながら婚約者が結婚前に亡くなってしまったと聞いていた。とてもいい人だったと聞いていたので、その彼であれば致し方あるまいとは思った。

そもそも自分もつい最近まで彼女を大きく裏切っていたのだ。責める理由など何もないと思った。

また、わざわざパスケースを買い換えたいと言っているわけだから、婚約者に対して何らかの区切りをつけようとしてるのではないかとも感じた。

完全に割り切れたわけではなかったものの、今はまだ言及は避けよう、そう思った。

同時にもう1つ疑念を抱いた。もしもあの写真が前婚約者ではなく、全く関係のない男性だったらどうしようかと。

たとえば、今彼だとしたら?

たとえば、実はこのデートは別れの最後のデートだったりしたらどうしようか。

彼女がどれだけ僕を愛してくれているのか頭ではわかっていた。だから一旦忘れようと思った。本当に必要なことなのであれば、彼女が自分から説明してくれるに違いない。そう考えようと思った。

だが不安というのは簡単に心を支配するもので、写真の記憶をなかなか頭から拭い去ることができなかった。

イルミネーションスポットで夜のデートをしても、夕食をとっても。

 

ホテルにチェックインし、シャワーで汗を流した。僕は彼女の唇に吸い付きながら、彼女の衣服を剥いだ。

最初のあたりはいつものセックスであったと思う。ただ、途中から怒りが湧いてきて、所作はだんだんと乱暴になっていった。

まるで彼女の体をオナホール代わりにした、自分さえ満せさえすればいい独りよがりのセックス。

それはいつもの仕方とだいぶ違っていたのだろう。一通りが済み、汗だらけの肌で抱き合っているときに、彼女はそのことに言及した。

ぼくは少し迷ったが、正直にパスケースの写真の男性が気になっていたこと、そのせいでつい乱暴にしたことを謝った。

彼女は言葉を選びながら、あの写真が元婚約者であったこと、だからこそ新しいパスケースに変えようとしていた旨を説明した。

彼女は元婚約者のことを吹っ切ろうとしてくれていた。

それはありがたい話だった。

 

11

 

翌朝、ホテルを発つ前になって、彼女は打ち明け話をした。

最近誰かからmixiに怪文書が届いたらしい。

怪文書曰く、僕は元妻とは別れてなどおらず、未だに想いが通じ合っているらしかった。詳しくは説明しなかったが、あまりに長く、そして怨念めいた文書だったらしく、彼女は怖くなってその場でmixiから退会してしまったらしい。

嫌な予感がした。元妻の仕業だろう。

おそらく僕が別れの電話をした後、どうにかして彼女が僕の彼女であることを突き止め、メッセージをよこしたのに違いなかった。

元妻は怒ると突発的な行動に出ることがあった。それが理由で僕は元妻の感情を気にしてばかりいたが、今度はそれが彼女の元に来たのかと思うと呻きたくなった。

「怪文書の内容は本当なの?」

彼女はじっと僕の目を見ていた。

ここが罪を告白すべき最後のチャンスだったのだと今は思う。

僕は横に首を振ってしまった。

彼女は納得はしなかった。本当にそうなのかと繰り返し確認し、僕は誤魔化すために口を開いた。

「実は東京を去る際に、元妻に別れの挨拶をしたよ」それと「長年暮らした東京を去るわけだからその挨拶と、あと彼女ができたことの報告をした。それが変に元妻を刺激してしまったのかもしれない。ごめんね」そんな苦しい言い訳をした。

彼女は首を振った。

「奥様の動機が素直に理解できない。一年以上離れている相手から新しい彼女ができた報告をもらったとして、それでこんな連絡をよこすほど執着するかしら。直近まであなたと交流があったと考えた方が納得がいく」

僕は彼女の推察が的を得ていすぎたため、言葉を発するのが怖くなった。ストレスで脳が鷲掴みにされているような感覚がする。頭が動かない。

「可能性としては、奥様がものすごい妄想癖のある人という可能性だけどそんな傾向はあった?」

「そんなことはなかったよ」と僕は否定した。「喧嘩をたくさんしていた間は、何かの人格障害を考えたこともあったけれど」

彼女は納得できないという顔をしていた。

「元妻が付き合いが続いてると勘違いしている理由。勘違いしている理由。なんだろう?」そんな白々しいことを呟きながら、僕は改めて気づいたふりをした。「離婚に伴って彼女は仕事を辞めざるを得なかったから、毎月多少のお金を振り込んでたんだよ。そのせいもあるのかもね」

ごめんね。振り込み止めようと思って忘れてたよ、なんて白々しく呟きながら、僕はネット銀行の手続きをして、振り込みを止めた。

彼女がそれで納得してくれたのかはわからなかった。しかし、それ以上は追求しなかった。

代わりに、昨日の古いパスケースを僕に渡し、「あなたが捨てて」と言った。

「あなたにばかり過去のものを捨てさせててるから、いい加減私も気持ちに整理をつけなきゃいけないと思う」

それは彼女にとって大切な思い出であり、大切なものだった。僕は躊躇いつつもパスケースを開いた。

昨晩は一瞬すぎてわからなかったが、今よりひと回りほど若い彼女と、温厚そうな男性が幸せそうに映っていた。

「本当にいいの?」

こういうものは自分で捨てなければならないもののような気がした。自分で自分の気持ちを整理するためにも。

しかし何度確認しても彼女の意思は変わらなかった。

本当にぼくが彼女の大事なものを捨てていいのか? 僕は躊躇ったが、ついに覚悟を決めて、パスケースをゴミ箱に入れた。

 

その後も彼女は怪文書の件を気にしていた。今回は婚約の報告というわけではない。ではないが、子供が連れてきた恋人というのは親にとってはどうしても特別な意味を持ってしまう。

だから、そんな心理状態で実家に行ってもらえるのか不安になった。

彼女に確認した。このまま実家に向かうのでいいのか、と。

口にはしなかったが、意思は固まってるのか確認したかった。

彼女は少し考え込み、「じゃあ、奥様に電話して、もう連絡を取らないことと送金を止めたことを宣言して。そうしてくれたら潔白かどうかわかると思うから」

僕は蒼白になっていたのではないかと思う。

彼女の言葉を断ることはできそうにはなかった。断ったら怪しまれる。それはできなかった。

僕は削除していたLINEアプリを復活させ、ブロックされたアカウントの一覧から元妻を探しだした。

思わぬことをやった。ブロック解除を誤って、アカウント削除を行なったのだ。誓って故意ではなかったが、隣で見ていた彼女には故意としか映らなかっただろう。僕は焦って思考がどんどん真っ白になっていくのを感じた。

LINEは諦めて、過去のメールを遡って検索を行なった。090+名前で検索してみて、存外簡単に元妻の電話番号が見つかった。

電話すると、元妻は体調が悪そうな声をしていた。

僕は手短に要件を伝えた。やはり彼女のことが大事だから、連絡を続行するかどうか元妻の心のうちが定まるのを待つことはできなくなったと。あと送金を止めたと。

元妻は非難の声を上げた。「昨日のメールはなんだったの。振り回すのもいい加減にして」と。

それから、非難の声が続いて僕は電話の切りどきがわからなくなった。

相手の話をちゃんと聞くこと。そしてちゃんと返事をすること。それは相互理解の基本で、そうすることによって和解が成立することは多かったが、今回は和解で終らせるわけにもいかなかった。

「このまま会話をズルズルと続けてもしょうがないから切るね」

そう口にするとその場で電話は切れた。

「確認したいことがある」と、隣で聞いていた彼女が言った。

「『昨日のメール』って何? あと、奥様に言った『ズルズルしちゃうと宜しく無い』ってどう言う事? あと奥様が切りぎわに言った『振り回すのもいい加減にして』って、どうして奥様は振り回されてるの?」

僕は昨日のメールの件を話した。ツイッターをブロックするところまでやるのは酷すぎるように思えて、ブロックを解除した上で、なにか問題があるのなら連絡してもいいよと言ったと。

「それって連絡を続けようって言ってるのと同じだよね? 約束違反してるよ」

言われてみればそうだった。

僕はなんとかいい繕おうとして、それ以上の言い訳を思いつけなかった。つまりは、ついに年貢の納め時だった。

僕は彼女に黙って元妻とメッセージのやりとりをしていたことを告白した。彼女がどんな反応を返していたのかもはや覚えていない。きっと気まずくて反応を見れていなかったのだろう。

自分からベラベラと説明すると炎上が広がるような気がして、口を開くのすら怖かった。

彼女はしばらく考え込んでいたが、

「遅くなるわけにも行かないから、ご実家にいこうか」といった。

彼女の運転する車に乗りながら、僕は戦々恐々としていた。

彼女がどんな反応を示してしまうのか、僕はやはり振られるのか、そして、動転した彼女が運転を誤って大惨事が起きないか。

だが、高速を走りながら、ここで彼女が運転を誤ってしまったのなら、それに付き合って一緒に事故に遭うのが僕の責任ではないかと思った。

助手席で口をつぐみながら、彼女と共に死ぬ覚悟をこっそりと決めた。

ただ、伝えたいことだけは伝えておこう。そう思った。

「もし叶うなら、許して欲しい。今後は精一杯に尽くすので関係を続けてもらいたい」

彼女は答えを返さなかった。

 

途中で寄った喫茶店で、僕はこれまでの悪行を白状した。彼女がどう反応するかわからず、裏切りの程度を過小に見せかけたくて、つい情報を小出しに出してしまい、それがまた彼女を呆れさせた。

「正直、急すぎて、どう判断していいのかすらわからない」と彼女は言った。「怒っていいのか悲しんでいいのか、もう別れた方がいいのかも含めてわからない」

もはや色々な感情が渦巻き過ぎているのか、逆に彼女は冷静に見えた。

僕という人間の価値について、諦めが入っているようにも思えた。

 

「そろそろ行こうか」

そう言って彼女は席を立った。

これが両親に彼女を合わせる最初で最後になるのかもしれないな、そんなことを予感して、僕も席を立った。

 

実家では彼女はネガティヴな要素などおくびにも出さなかった。実にいい恋人として、父母に接した。

相手の話を聞き、話を掘り下げ、相手の選択について褒める。けして出過ぎず、出なさ過ぎず、良い具合に接してくれていた。

「体が動かなくなったから、なかなか好きなところに行けなくて」そんなことを父が行った時、「では私が運転して差し上げますよ」と彼女は提案してくれた。

こんなありがたい提案をしてくれる彼女に対し、僕はなんという仕打ちをしてきたのだろうかと僕は思った。

後悔しきれない。

 

しばらく父母と会話をしたのち、

「戻ったらメールするからね」そう言って彼女は愛車で帰っていった。

 

帰宅するまでのあいだ、彼女は僕との付き合いのことをもろもろ考え直すだろう。運転している間、停車している間、休憩している間。そこから出てきた結論がどうなるのかはわからなかった。

いや、僕のしてきたことの酷さを思えば、振られる公算の方が高い。

僕はどんな結論でも受け入れようと、深呼吸を繰り返した。

また、せめてもの謝罪になるようにと銀行預金の残高を確認した。

不倫の時の慰謝料は300万円くらいだと聞いたことがある。

正式には違うけれど、婚約の挨拶をぶち壊したようなものだから、少なくともそれくらいの額は出してもいいだろう。そう思った。

 

彼女からのメッセージが到着したのは何時頃のことだったろうか。

メッセージが着信したのを見て、僕は期待と不安でおののいた。怖い連絡が入っているかもしれない。一瞬だけ躊躇して、僕はメッセージを参照した。

僕はホッとした。

「良い両親じゃないか。両親に免じて、今すぐに別れるのだけは辞めてやる」そんな意味の言葉が書かれていた。

だが、安心ばかりしているわけにはいかなかった。

今すぐには別れない、ということだから、明日には気が変わるかもしれない。来週には気が変わるかもしれない。来月には気が変わるかもしれない。

底なしの暗闇の中、たった一本貼られた綱の上でギリギリの綱渡りをしている気分だった

 

 

-終わり-